宮崎地方裁判所 昭和55年(ワ)397号 判決 1984年4月27日
原告
児玉誠
右訴訟代理人
大谷勝太郎
野崎義弘
被告
宮崎県
右代表者知事
松形祐堯
右訴訟代理人
佐藤安正
右指定代理人
森文雄
外三名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実《省略》
理由
第一本件分収権の発生・移転とその争点<省略>
第二綾部一夫から児玉ユクへの本件分収権譲渡の検討
一譲渡の有無について<省略>
二譲渡の対抗要件である承諾について
(一) 被告主張の抗弁1の事実、即ち、本件分収権の内容が債権の性質をも有し、被告が譲渡の対抗要件の欠缺を主張し得る債務者であることについては当事者間に争いがない。
(二) 承諾の自白撤回の許否の検討
原告主張の再抗弁1の右分収権譲渡を被告が承諾した事実に関する自白の撤回の許否につき検討するに、<証拠>を総合すると、
1 昭和一七年二月一日本件土地所有者奈須兼吉は被告との間で本件分収造林契約を締結し、被告が本件土地に地上権を設定し、被告が同地上に模範造林を行ないその収益を土地所有者と各二分の一の割合で分収する契約をした(乙第一号証、第四九号証、甲第一九号証)。
2 同年当時、右本件分収造林契約ないし、その基礎となつている紀元二、六〇〇年記念民有林野造林規則(昭和一五年七月二日告示第二八九号)において、次の約定がなされている。
(1) 本件分収造林契約書(乙第一号証)六項には「将来民有林野県行造林規則の改正があるときは土地所有者はこれを遵守せねばならない」旨を定めており、勿論、現行造林規則の遵守はその当然の前提とされている。
(2) 前示昭和一五年の造林規則第一五条は「土地所有者造林地、又はその土石を処分せんとするときは知事の承認を受くべし。」と定めていたが、土地所有権と離れて分収の譲渡に関する規定は全く存在しなかつた。なお、当時は造林木の共有の定めもなく、他の法令ないし慣習により共有の定めがあつたとの主張、立証がない本件においては、造林木は地上権に基づき植林した被告がその所有権を有していたものといえる。
(3) 昭和二九年に県行造林規則(同年宮崎県規則第二四号)の施行に伴い前示昭和一五年の造林規則が廃止され、また昭和三三年一二月一九日に県行分収造林規則(同日規則第七四号)が施行されて、昭和二九年の造林規則は廃止された(甲第一九ないし第二一号証)。この昭和三三年の造林規則では、第四条に造林木は分収割合に応じた持分割合をもつて契約当事者の共有とする旨を定め、第六条において分収契約は所定の契約書によるものと定め、その様式2号県行分収造林契約書二〇条では「造林木は甲乙両者(土地所有者と県)の共有とし、共有持分の割合は収益分収の割合に等しい」ものとし、第二六条には「地上権及び造林木の共有持分は、相互に相手の承諾を得なければこれを譲渡し、又は担保に供することができない」旨を定めている(甲第二一号証)。
3 昭和三五年四月二二日綾部一夫は児玉ユクに対し本件分収権を本件山林外一三筆の土地と共に買戻特約付で売渡し同日その旨の登記を了した(前認定一のとおり)。
4 同年八月九日綾部一夫は本件土地の児玉ユクに対する右譲渡につき被告(宮崎県知事)に対し県行造林地の譲渡承認願(甲第五号証)を提出し、同年九月六日被告は綾部一夫に対し、造林地所有権譲渡を承認する。ただし、「県行造林契約条項一切は譲渡者に継承することを条件とする。」旨を回答するとともに(甲第六号証)、同月七日、児玉ユクに対し被告(宮崎県)の林務部長名で県行造林地権利譲渡承認願について別紙指令書写(前示綾部一夫に対する回答書)のとおり許可された旨の通知をしている(甲第七、第一〇号証)。
5 なお、以上とは別に昭和三四年九月二六日山田禎一が本件土地につき同月二一日受付の売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記を了していたところから被告の林業課あてに分収権変更認可申請についてと題し、分収権契約の更新の必要書式等の通知を求めたところ(甲第一七号証)、同年一〇月一日被告の林務部長名で土地所有者が造林地を処分しようとする場合は知事の承認が必要なので綾部一夫より承認願を提出し承認後権利譲渡の手続をとるように求める旨回答している(甲第一八号証)。
右山田は昭和三五年一月六日に一たん右仮登記を抹消したうえ、同月二五日に再び同趣旨の仮登記を了したものの、同年四月二二日本件土地の売買予約を解除して、同仮登記を抹消した後、本件土地は同日綾部一夫から児玉ユクに売渡されている(甲第三号証)。そして、前示山田禎一の照会回答文書(甲第一七、一八号証)は児玉ユクが所持していて、本訴で原告代理人大谷勝太郎弁護士のところへ持参したものである(証人大谷勝太郎の証言の一部、同証人調書(昭和五八年一月二一日施行分)一九項の一部)。
6 なお現時点でも被告の林務部係員は本件土地(分収造林地)の譲渡には前示2記載の昭和一五年の造林規則が適用され、分収権の譲渡は自由であるとしている(第四、第七号証)。
以上の各事実を認めることができ、これらを考え併せると右認定4のとおり被告が昭和三五年九月六日の綾部一夫に対する回答、同月七日児玉ユクに対する通知によつて、綾部一夫から児玉ユクに対する本件分収権の譲渡を知りこれを承諾した事実を推認し得るのであつて、被告がそのような承諾をしたとの自白が、真実に反するという被告主張の事実はこれが認められないことが明らかであり、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。
即ち、前認定5、6によると本件分収権を譲渡するにはこれを本件土地と共に譲渡し、その承諾を被告に求めるべきことを山田禎一との話合や同人の前示照会と被告からの回答文書により、綾部一夫、児玉ユクらも十分了知したうえで、両者間で本件土地、本件分収権の譲渡が行なわれ、被告の右回答文書の指示に従つて本件土地(造林地)の譲渡承認申請がなされ、被告においても本件土地と共に本件分収権が譲渡されることを了知したうえ、むしろ本件分収権が譲受人である児玉ユクに継承されることを本件土地譲渡の条件としたものであり、右造林地譲渡の承諾には本件分収権の譲渡を了承したことを意味するもので、観念の通知たる対抗要件としての承諾の性質を併有すると考えられること、前示4の被告から綾部一夫に対する譲渡承認の回答書(甲第六号証)に「県行造林契約条項一切は譲渡者に継承する」とあるうち「譲渡者」とは譲渡された者との意味を指す誤用で「譲受人」の誤記であるというほかないこと(けだし、譲渡人に分収権が留保されることがあつても同人にこれが承継されることはあり得ないからである)、本件分収契約には昭和一五年の造林規則が適用され、これによると前示のとおり造林地の譲渡にのみ承諾を必要とし、分収権の譲渡には何らの定めがないこと、そして、右造林規則上、分収造林契約は土地所有者と被告(宮崎県)との間で締結され、土地所有者は造林地の公租公課を負担するほか、火災、盗伐等の防止、有害鳥獣の駆除巡視等の義務を負い(同規則七条)、所有者以外の者が全面的に右の義務を負うことは予想していないといえること(甲第一九号証)などを照らし合わせて考えれば、被告が綾部一夫から児玉ユクに対する本件分収権譲渡の承認をなしたとの事実を推認するに十分であつて、その承認がなかつたものとは到底認められない。
したがつて、被告の前示自白の撤回は許されず、被告が右分収権譲渡の承認をした事実はその自白に基づき当事者間に争いのない事実として認められる。
三まとめ
前示のとおり、請求原因(三)、抗弁1、再抗弁1の事実、即ち綾部一夫から児玉ユクに本件分収権が譲渡され、分収権の債務者に当る被告に対し必要な指名債権譲渡の対抗要件である被告の承諾があつたことが認められるから、綾部一夫から児玉ユクに本件分収権が有効に譲渡され、被告に対抗できるものといわねばならない。
第三児玉ユクから綾部一夫への本件分収権譲渡の検討
一譲渡の有無について<省略>
二譲渡制限特約の存否
(一) 本件分収権について、原告主張再抗弁2のように被告の承諾がなければこれを第三者に譲渡できないとの譲渡制限特約があつたか否かにつき検討するに、
前認定第二の二(二)1、2の各事実及び<証拠>によると、
1 前示本件分収造林契約書(乙第一号証)には、「右土地に付民有林野県行造林規則及び左の条項を承認し造林並びに地上権設定契約を締結したるにより云々」の文言があり、
2 また、左の条項の中の第六項では前認定のとおり「将来民有林野県行造林規則の改正があるときは土地所有者はこれを遵守せねばならない」と規定されていること、そして前示昭和一五年の造林規則第一五条では「土地所有者造林地又はその土石を処分せんとするときは知事の承認を受くべし」と規定されていること、しかし右規則は前示のとおり昭和二九年に廃止され、その後の前示昭和三三年の分収造林規則第六条に基づく様式第二号県行分収造林契約書第二六条では「地上権及び造林木の共有持分は、相互に相手方の承諾を得なければこれを譲渡し、又は担保に供することができない」と規定されていること、
3 昭和四二年五月三〇日、被告の林務部係員長沼猛は宮崎地方裁判所延岡支部で本件分収地(造林地)の譲渡には昭和一五年の造林規則一五条が適用され、県の承諾を要するが、分収権の譲渡はしてもよい旨供述し、同年七月一〇日付の宮崎県知事名義で右裁判所支部に提出された県行造林地内の立木評価の回答書9項(乙第七号証)には、本件分収権の分収率が「県5/10、土地所有者5/10」であつて、昭和一五年の造林規則一二条による旨が記載されている。
以上の各事実を認めることができ、他にこれを覆えすに足る証拠がない。
(二) 右認定の各事実をみても、本件分収造林契約において、前認定(一)2、及び第二の二2(2)のとおり昭和一七年の同契約の締結当時の契約条項の一部として承認されている昭和一五年の造林規則には一五条に造林地又はその土石の譲渡に被告の知事の承認を受けるべき旨を定めるほか、造林地の地盤所有権又はその土石とは別個の性質を有する造林木成育後これを売払つた収益(売払代金)を一定の割合で土地所有者と造林者たる被告が分収するという収益分収債権又はその前提として一定の造林地保護義務を伴う分収造林契約上の地位の譲渡を制限する条項は存在しない。
また、同昭和一七年締結の本件県行造林契約書(乙第一号証)の六項にいう「将来造林規則の改正があるときは土地所有者はこれを遵守せねばならない」旨の条項は改正造林規則による造林地保護義務などを遵守するほか、改正規則により従前の契約条項を改訂すべき旨の定めがなされた場合には被告の求めに応じこれに従い契約変更の合意をなすべき債務を負うにすぎないのであつて、右条項によつて、従来の契約が改正規則の新契約条項に自動的に変更されるものとは認め難い。
けだし、契約後に約款の性質を帯有する造林規則が改正されたからといつて、一般にその改正が相手方たる所有者において契約当時自己に利益なると否とを問わず常に改正規則に従う意思を有するものとはいえないし(大判昭六・一二・一三民録二三輯二一〇三頁参照)、前示本件県行造林契約書六項にもその契約内容の自動的変更を指す文言が見当らないうえ、被告においても本件県行造林契約書に基づく本件分収権の分収率その他につき改正前の昭和一五年の造林規則によることを明らかにしているからである。
なお、たとえ本件県行造林契約書六項に契約条項の自動的変更の効力を認めるとしても、前示昭和三三年の造林規則では同六条で別記様式第二号、第三号による契約書で契約をなすものとされ、その契約書の第二八条に前示造林木の共有持分の譲渡につき被告の承諾を得なければ譲渡できない旨の条項があるのであるから、この条項の適用を主張するには右様式による契約書に基づく契約の締結が必要であると解されるところ、本件においてこのような契約書が交わされたと認めるに足る証拠がないから、右条項が本件分収権の譲渡に適用されるものとはいえず、その旨の原告の主張は採用できない。
また、右昭和三三年の造林規則六条の別記様式二、三号の契約書二六条には前示のとおり造林木の共有持分は相手方(被告)の承諾を得なければこれを譲渡できない旨を定めているにすぎず、右立木の共有持分とは別個の性質を有すると考えられる分収権自体の譲渡を定めた条項が存在しないばかりか、前示のとおり本件土地所有者が右造林木につき共有持分を有していたとも認められない。
(三) したがつて、本件分収権につき、譲渡に制限特約が存在したという原告の再抗弁2の主張は採用できない。
三分収権の性質と譲渡の承諾
(一) 分収権の性質
<証拠>および当事者間に争いのない前示請求原因(一)の事実によると、本件分収造林契約の内容は1被告が本件土地に地上権を設定しこれに造林を行ない、新植、補植、手入、防火線の設置その他造林に必要な事業を行ない、2、土地所有者は土地の公租公課を負担するほか、(1)火災の予防及び消防、(2)盗伐、誤伐、侵墾等の予防及び防止、(3)有害鳥獣の駆除、(4)境界標等の保存、(5)巡視その他の造林地保護義務を負うとともに、3、成育した造林樹木の売払代金を収益とみなし、これを被告、土地所有者が各一〇分の五の歩合で収益を分収するというものであることが認められ、他にこれを覆えすに足る証拠がない。
ところで、原告が請求原因において主張する本件分収権が土地所有者の有する前示本件分収契約上の地位を指すのか、前示3の造林樹木の売払代金である収益の分収による金銭支払請求権(以下、狭義の分収権という)を指すのかは必ずしも明らかでないが、後者を指すものとも解されないではない。
他方、被告の抗弁2において児玉ユクから綾部一夫に本件分収権を再び売渡したというのは前示土地所有者の有する分収契約上の地位ないしは狭義の分収権が右契約上の地位とともに譲渡されたことを主張しているものと解される。
(二) 譲渡の承諾の要否
前示狭義の分収権は通常の金銭債権の性質を有するのであつてその譲渡には指名債権譲渡に必要な民法四六七条所定の通知、承認が必要であるにすぎず、このほかに原告主張のように被告の承諾が譲渡の効力要件となるものとはいえない。
これと異なり、前示分収契約上の地位は債務を伴う契約上の地位に相当し、その譲渡は、免責的債務引受に準じた性質をも帯有するので、債権者たる被告の承諾がないときは債権者(被告)に対して効力を生じないと考える(最判昭三〇・九・二九民集九巻一〇号一四七二頁)。
したがつて、原告主張の再抗弁3は右の本件分収契約上地位の譲渡に右の意味で被告の承諾を要するという点に限り一応理由があるようにもみえる。
しかしながら、債務を伴う契約上の地位の譲渡に債権者の意思を考慮しその承諾を必要とされるのは債権の担保力が不当に弱められることを防ぎ、債権者を保護するためであるから、その承諾欠缺による無効を譲渡人である債務者の側から主張することはできないと考える。
したがつて、本件分収権の児玉ユクから綾部一夫への譲渡につき譲渡人である児玉ユク又はその相続人の側から債権者たる被告の承諾の欠缺を主張しえないので、これをいう原告主張の再抗弁3の主張は採用できない。
もつとも、原告は本訴請求原因(七)において児玉ユクの相続人から本件分収権侵害による被告に対する損害賠償債権の譲渡を受けた旨主張しているが、仮りにそうであつても、分収権又はこれに代る損害賠償債権の譲渡人の特定承継人として同人と同様に右承諾の欠缺を主張し得ないと考える。
三承諾の有無
既述のとおり原告は債務を伴う契約上の地位の譲渡人の特定承継人として譲渡の承諾の欠缺を主張し得ないのであるが、仮りに譲渡人自身と区別し、これを第三者として右承諾の欠缺を主張し得るとみる場合には、被告主張の再々抗弁の承諾の有無及びその効力の判断が必要となるので、次にこの点につき検討する。
<証拠>によると前示のとおりの綾部一夫が有していた本件分収権は、訴外綾部一夫の債権者浜崎勲の申立により、昭和四二年四月一一日に宮崎地方裁判所延岡支部により債権差押を受け、同手続内の換価命令により同年一一月一八日に訴外綾部一夫から同上村数美に任意売却されたこと、そして被告は同四三年一月二三日、綾部一夫に対して本件分収権(土地所有者の分収権5/10)の右譲渡を承諾したことが認められ(乙第一一号証)、他に右認定を覆えすに足る証拠がない。
ところで、右再々抗弁事実は、被告において訴外児玉ユクが本件分収権を含む前示契約上の地位を同綾部一夫に譲渡したことを直接承諾したものではないが、前認定のとおりその譲受人である訴外綾部一夫が本件分収権を含む右契約上の地位を同上村数美に譲渡することを承諾したことによつて、児玉ユク、綾部一夫、上村数美の順次譲渡が被告との関係でも遡及的に効力が発生すると考える。けだし、債務を伴う契約上の地位の譲渡には旧債務者の債権者に対する債務を免責する側面があり、それに債権者が関与しない場合は無権限の処分行為ないし無権代理に準じた法的性質を持ち、これに対する債権者の承諾は無権限処分行為の追認ないし無権代理の追認に準じて譲渡契約締結時に遡及して効力が生ずると考える。
したがつて、その承認は転得者に対し直接なすことができ、かつそれは遡及的効力を有すると解されるからである。
そして、右の承諾は原告が損害賠償債権を譲受けたと主張する昭和五三年六月二〇日より以前の昭和四三年一月二三日なされたものであるから、同時点で前示承諾の遡及効を認めるにつき原告ら第三者を害するものではなく、右の承諾ある分収契約上の地位の譲渡により児玉ユクが既に失つた本件分収権につき、昭和四四年四月九日に死亡した同女の相続人らがこれを相続することもないし、原告が同相続人らから右分収権に代る損害賠償債権を取得するいわれはない。<以下、省略>
(吉川義春 有満俊昭 栃木力)